こんにちは、柳沢です。
2011年3月11日。
あれから、3年…
ちょうど、震災が起こった時間、私は、イスクラ薬局中野店の入っているイスクラビルの4階で、楊暁波先生の中医美容の講義を受けている時でした。
体験したことのない、大きな揺れ。
今でも、鮮明に思い出されます。
被災された方々のことを思うと、本当に胸が痛みます。
2013年の春。
友人がボランティアで定期的に行っている気仙沼大島に、私も一緒に連れて行ってもらいました。大島は、気仙沼港からフェリーで15分場所です。
大島も東日本大震災で大きな被害を受けた場所です。 津波で島が2つに分断され、また、大きな火災にも襲われました。
重油が気仙沼湾に流れ込み、瓦礫に引火、その火が大島の森林にまで燃え広がり、火は山の頂上を越えて燃え広がりました。
火災は1週間ほど続きましたが、その間大島は孤立しており、外からの救援も来ない中で住民が一致団結して、バケツリレーをして消火したそうです。
この場所で地元復興団体である、通称おばか隊の皆さんと一緒に行動させていただきました。おばか隊(「バカでもなければやってられない」)
短い間でしたが、この場所で沢山の出会いがありました。
未だ普段通りの日常が送れない中、笑顔で私たちを迎え入れてくださる現地復興団体の方々。
一緒に行動させていただいたボランティアの方々。
現地でお会いした、学生支援団体youthfor311の方々…
地元の方、また震災当時からボランティアに行かれている方々からは、震災当時のことから現状まで、被災地とボランティアとの関係性、被災地の実際の状況など、メディアからはなかなか伝わらない様々なことをお聞きしました。
(みなさんと、大島の国立公園にて)
震災から2年経ち、自分の生活が何事もなく送れるようになり、被災地をメディアで見る機会も減り、震災の衝撃が、自分の中で記憶として薄れてしまっていた気がします。
たかが数日、被災地にいった私が言うのはおこがましいなと感じますが、ほんの数日でしたが、とてもとても考えさせられる現実が、そこにありました。
復興はまだまだです。
こうして、日常生活を送っている自分に何ができるんだろうと考えさせられました。
(2013年5月の気仙沼)
‘ぜひ東北へ遊びに来て欲しい、それが復興にも繋がる’そんなお言葉を現地の方からいただきました。
東北の物を買い、東北に遊びに行き、現地の宿に泊まり、お土産を買う。そこから始めようと思いました。
いただいた、おばか隊グッツを持って、また大島の皆さんに会いに行こうと思います。
大島は、皆さんとても温かく、海もとても綺麗で、海鮮も美味しく、本当に素敵な場所です。
機会があればぜひ訪れてみてください。
(2013年5月 大島)